千早城




北海道の人々が領土の回復を祈願



【神社で祈願する人の模様を伝える報道】

上記はNHK Webサイト(http://www3.nhk.or.jp
/news/html/20161215/k10010807641000.html)の画面画像。



 報道によると、北海道根室市の神社では早朝から宮司様が北方領土の回復を祈り、自主的に北方領土回復の祈願に訪れる人達も相当参拝されたようです。



【神社本来の姿】

 若い方には「神社で領土の回復を祈願するというのは、政治色が濃く、いささか場違いなのではないか」と思う人もいらっしゃるやも知れません。

 確かに戦前は神社での祈願は行政側によって制限された時期もあり、祈祷に問題があったとして神職が処罰された例もありました。恐らくその所為でしょうが、神社で政治色のある問題を祈願する事は敬遠される部分もあります。

 しかしながら、御一新後の権力闘争の煽りで信教側の人達が下野する以前は、神社で天下の安泰を祈ったり戦勝を祈願したりする事は良く行われた事でもあります。筆者の地元の神社でも後醍醐天皇、楠木正成公が大変な奉納をされたそうですが、きっと後醍醐天皇も楠木正成公も皇室を傀儡化した当時の権臣達の討伐を願い、それを誓われたであろうと思います。現在は、戦前の様に政府による捜査や処罰がある訳ではありませんので、信仰上の倫理に基づいて祈願する事は全く問題がありません。

 儒教は「修身、斉家、治国、平天下」というものを重んじ、殊更「修身」を、その端緒として重んじます。しかし、よく考えて見れば、天下乱れ、国荒み、家安らかならざる有様であれば、修身もおぼつかないのではないでしょうか。つまり、我一人良ければ(修身が出来ていれば)、国も天下も安泰という事はなく、何れも常々心掛けるべき事となります。そう考えれば、天下国家の安泰というのは、政治家のみならず、庶民も官吏も、誰しもが気に掛けるべきものと思い、人々が天下や国家、領土の安泰を願い、誓う事は自然な事でありましょう。




2016.12.15 五瀬





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