千早城


国土の安寧を願う祈願祭を執り行いました
(平成24年3月5日)



( プライバシー保護のため写真はぼかしています。 )



 平成24年2月22日に行った祈願祭について、参加された方から感想が寄せられましたので掲載します。

 今回行った祈願祭ですが、これは古くから神道の世界では一般的に行われていた祭祀でしたが、有名古社に於けるこの様な祈願は実質的に絶えてしまっておりました。

 神道の精神を復興するためにも、祭祀の復興は必須のものと考え、今回の祈願祭を執り行わさせていただいた次第です。



【 祈願祭参加の感想 】
(横浜市在住 ハヤシ 様)


「ずいぶんと時代がかったことをするもんだ」
この様な祈願祭を神社で行うという話をきいた時の率直な感想でした。
2月22日の「竹島の日」に向けてさまざまな団体がデモや街宣活動を予定するなか神社で祈願祭をおこなうことに少々突飛なものを感じたのです。
政治問題としての「竹島問題」を宗教行為として「祈願祭を行う」ことがうまく頭の中でつながらなかったといっていい。
しかし、過去の日本の政治と宗教の関係をざっくりと振り返ると、この様な祈願祭が、それほど突飛でもなく、むしろ本来あるべきかたちであると思うようになりました。

そもそも、元寇に際して、亀山上皇が主な神社に敵国降伏の祈願を依頼したように「鎮護国家」「敵国撃退」の祈願を行うことは神社仏閣の 主な役目の一つであったわけです。
今に伝えられる「武者行列」も各地の武士団がおのおのの本拠地の神社で戦勝祈願を行い、出陣式を行ったことを起源としますが、これも共同体の精神的中心となる神殿で「鎮護国家」「敵国撃退」を祈願した精神と言えるでしょう。

 このような神前での戦勝祈願や出陣式が単に神仏に「天佑神助」をお願いすることでないことは明らかです。
むしろ天佑神助を願う以上に、神仏の前で武士団としての団結と敢闘精神を誓い士気を高める儀式としての意義があったように思えます。
余談ですが、googleで「神社 出陣式」で検索すると「選挙関係」のサイトが一番上にくることは今も昔も、決戦の前に神前で祈願を行うことが日本人にいちばん自然であることが分かって面白い。

政治と神社の関係をおさらいするだけでも今回の「祈願祭」が日本の神道の伝統からみて奇異でないことが分かると思います。


さて、今回、祈願祭の儀式をお願いした住吉神社は、徳川家康の関東改易の際に大阪田蓑神社の神職が江戸にやってきたのを起源とし、隅田川の東京湾に近いところにあることから海上渡航の守護神として信仰を集め、今も地域の氏神として崇敬されている神社です。
御祭神は住吉三神、神功皇后、徳川家康で、特に神功皇后は三韓征伐を行い半島を降伏させたことから今回の様な祈願祭にはこれ以上ないぐらいふさわしい神社です。
有楽町から有楽町線で約5分の距離にある月島駅を降りて江戸時代の漁港の面影を残す閑静な住宅街を約10分歩いた隅田川に面した川沿いに住吉神社はありました、鳥居をくぐってお社まで30メートルぐらいの比較小さな神社で,周りの風景と溶け込んだたたずまいが長い歴史を感じさせます。
手水で手と口をすすぎ、正装された神主さんの案内でお社の中に入り祈願祭は始まりました。
神主さんの奉唱する祝詞は理解できたところをつなげると
「大東亜戦争後に竹島に韓人が来て天皇の治める竹島をうばっていった、これを取り戻そうとする五瀬とその一行を守護したまえ」というような趣旨で、我々の問題意識と共通する思いをしっかりと神々に奉唱していただきました。
その後、神主さんより「みなさんのやっていることは正しいことである。お互いそれぞれの場で日本のために頑張っていこう。」
というお話をいただいて、祈願祭は終わりました。

竹島の問は単に孤島の帰属にとどまる問題ではありません。
現在進行形の侵略に対して明確な反撃が出来ないことは、北朝鮮に拉致された同胞を奪い返せない問題と同じく日本が国家として根本的な部分に欠陥を内包していことを我々に突きつけています。
島根県の一部に外国軍が来襲し44人の日本国民を虐殺し、3929人を強制連行した事実を無視して、韓国との友好を推し進めることは結果として侵略を容認することにつながります、また韓国の竹島領有キャンペーンのシンボルのような女優のCMの放映を日本社会が許容することは日本国民の竹島領有の意志の弱さ、国内世論において竹島領有の意志が形骸化しているという間違ったメッセージを国内外におくりかねません。
 結局のところ我々のような軍人でも議員でもない民間有志が竹島問題でできることは運動を通じて国内外に日本国民の竹島領有の決意を示し続けることでしかないように思えます。
そして今回、我々は神前で祈願祭を行うことで竹島奪還の決意を新たにしました。 過去の武士団と同じく、神前で決意を新たにする儀式を行った訳です。

竹島の日に向けて各地の有志がデモや講演会などの運動を展開しました。
 こうした運動のさらなる前進拡大のために全国の有志に各地の神社で竹島問題解決祈願を行うことを期待したい。
全国の竹島問題に関心をもつ国民が各地の神社に集まって竹島問題解決祈願祭を行う、これは想像するだけで恐ろしい風景だと思います。
なにより日本国民が韓国の侵略行為を絶対に許さないという決意を全世界に表す格好の空間になります。


さらに言うなれば、対外的な宣伝効果以上に国民精神の振興に大きな効果があるように思います。
私はとくに信心深くもない人間ですが、儀式に参列して、我々の思いを祝詞として奉唱していただいているあいだ確かに神聖な存在の前にいるという感覚につつまれました。
そしてこうした目に見えない存在、人間を超越した存在との交流の中にこそ日本を守ってきたひどく大切なものがあるように思うのです。
過去の歴史と人々の思いを絶えず再確認し、日本を護ってきた神々との交流の積み重ねること、祖国防衛の先頭に立って散った存在と時代を超えて交流する中にこそが、日本を弱体化しつづける勢力を解体し、外国からの侵略を攘夷できる日本を取り戻す、初めの一歩になるのではないかと思うのです。

最後に、竹島問題解決祈願祭を企画していただいた五瀬さん、こころよく祈願祭を引き受けていただいた住吉神社に改めてお礼を申し上げたいと思います。


(以上)




 現在も島根県の一部は朝鮮によって軍事占領されたままとなっています。未だ解決の目処は立っておりません。私達は1日でも早く、解決記念祭を実施する日が来る事を願っています。




 (五瀬:平成24年3月5日)






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